シドニー連載第2弾は、美しい建築形態から20世紀を代表する建築物と賞賛を浴び、シドニーのランドマークとして名高いオペラハウス。
その歴史を繙いてみると、1940年後半よりシドニーに大型コンサートホールをとの機運が高まり、1956年にはニューサウスウェールズ州首相の支援の元に組織された建設設計競技コンペが実施された。世界32カ国、233件の応募の中から選ばれたのは、貝殻や帆船の群れを想わせる優美なデザイン。
設計者はコペンハーゲン出身の当時無名であった建築家ヨーン・ウッツォン。提出した設計案は図面ではなく、アイデアを描いたドローイングのようなものだったという。
1959年3月にオペラハウスの着工式が行なわれたものの、建築の実現にまず問題だったのは、屋根部分のコンクリート・シェルの形状であった。どのように設計すればシェルの重さや海風の圧力を支えられるのか…。
ヨーン・ウッツォンは構造の専門家からは実現不可能といわれていた“シェル”構造の施工方に悩み抜き、1961年の半ばにようやく自分なりの解決案に辿り着いた。
その案とは、オレンジの皮を剥いた形から発想されたといわれる“シェルをすべて同じ半径の球面から切り出される細い三角形のリブの集合体として構成”するという独創的なアイデアであった。
1965年にはオーストラリアの政権が変わり、当初予定されていた1963年の完成からの大幅な工期の遅れと、膨れ上がる予算への反発もあり、1966年にはこころざし半ばで設計責任者の地位を降りることとなった。
シドニーを去ったウッツォンは、2度とオーストラリアの地を踏むことはなかったという。
その後プロジェクトは他の建築家に引き継がれ、1973年ようやく完成に至る。完成までに、実に14年の歳月が流れていたのであった。
オペラハウスは国内外の人の撮影スポットとして人気を博し、年間3000ものコンサートやオペラなどが催され、オーストラリアの芸術拠点となっている。
2007年には、オーストラリア国内で17番目のユネスコ世界遺産(2番めの文化遺産)に登録された。
21世紀の現在も、訪れる人々を魅了しつづける歴史的建造物である。
稲葉 秀一
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