このたび47回目を迎える建築散策記は、記念すべき50回を目指してベトナムのハノイ・シリーズを、数回にわたってお届けしたい。
まずはハノイ大教会より始めよう。
その名も『昇龍/タンロン』と親しまれ、1397年までベトナムの首都であったハノイ。1873年にフランスの軍部がハノイの街とその周辺地域を占領。1887年にはベトナムを植民地とし、ハノイは仏領インドシナの首都とされた。
セント・ジョセフ教会は、そのような混乱のなか
1886年のクリスマス・イブに落成された。パリのノートルダム教会を手本とし、高さ17メートルのドーム、優美な曲線で装飾された22メートルのふたつの尖塔をもつ堂々たるコロニアル教会建築である。
奥行き64.5m、横幅20.5m。左の塔には鐘がひとつ、右の塔には4つの鐘が配され、正面の大時計と連動し、清らかな鐘の音を町中に響き渡らせる。正面の薔薇窓には、遠くベネチアより運ばれたというステンドグラスが輝いている。
南国の地にあって、主な建材は煉瓦とタイルである。塔の頂部には切妻屋根がみられたり、換気口がいくつか設けられているのもコロニアル建築ならではの工夫である。
内部からみると窓々のステンドグラスが鮮やかな色彩を放っている。薔薇色に縁取りされた尖塔アーチが連なるゴシック様式の青い天井は、静謐な空間を演出している。中央の祭壇には幼いイエスを抱いた「聖ヨセフの像」。祭壇の手前には初代ベトナム人枢機卿、チン・ニュー・クエの遺体が安置されている。
教会の裏手ではイエスの誕生を祝う東方三博士の壁画と「岩の洞窟」が観賞できる。また、敷地内には神学校、宿舎などと並んで、伝統的なベトナム寺院を思わせる独自の建造物がみられるが、これは1679年に建てられたハノイ最古の教会なのである。東西文化が混合されたこの建物は、現在も礼拝堂として大切に使われている。
ところでハノイ大教会が建つこの場所には、かつて800 年以上の歴史をもつ古代バオティエン塔が建っていたのだという。塔は1426年に侵略してきた明の軍により破壊され、その後、跡地にハノイ大教会が建立されたのである。バオティエン塔を想像して描いたという壁画が、リー・クオックスー寺に残されている。
永い歴史を物語るように、ベトナム特有の湿気や煤に浸食され、黒ずみながらもすっくと佇立するその姿は、パリのノートルダム教会にも負けない威厳を備え、今日もハノイの街を見下ろしているのだった。
稲葉 秀一 |