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シンガポールのホテルといえば、日本ではラッフルズホテルの名がまず挙るが、フラトンホテルも忘れてははならい。フラトンの名称は英国初代海峡植民地総督であるロバート・フラトンにちなんだもの。セントラルビジネス地区に位置し、マリーナベイに面したこのホテルは、1928年6月にフラトンビルディングとして創業して以来、1996年までは中央郵便局、シンガポールクラブ、商工会議所として機能し、常にシンガポールの商業、政治の中心にあった。第2次世界大戦時の日本の軍事政権下には、当時の総督シェントン・トーマスがマレー駐在イギリス軍司令官中将アーサー・パーシバルと降伏について話し合ったというのだから、まさにシンガポールの歴史の現場といえる。建設当時の設計は上海にあった建築会社キース&ドウズウェルによるもの。その頃イギリスで流行していたパラディオ主義(イタリア人建築家アンドレア・パラディオによって生み出された建築様式)の粋を極め、ドリス式円柱が立ち並ぶネオクラシカルな植民地建造物としてシンガポールの代表的建造物となった。2001年、伝統ある建物をそのまま利用し、スーパーデラックスホテルへと生まれ変わった。
1996年から5年の歳月をかけたホテルへの改装時には、建物はそのまま保存して内部のみ改装するという硬い約束が取り交わされたという。現在ロビーやレストランのある1階は、かつて大量の郵便物が受け渡しされていた90mのカウンターが敷かれていた広々とした空間であるが、今は優雅な階段が流れるように設置され、世界中の旅人が行き交う空間を情緒たっぷりに演出している。
また、最上階のレストラン「ライトハウス」はかつて灯台として船の道標となっていた場所。ルーフトップバーからは、シンガポール市内の素晴らしい夜景が見渡せる。そしてイギリス人の社交場として使われていた4階のストレイツルームの天井にはアーチ型のうつくしい彫刻がそのまま残されている。ビルの外観にはほとんど手を加えずそのまま利用したため、399ある部屋の種類は100くらいあるという。このように歴史的建造物をそのまま活かして保存していく姿勢は、植民地時代より西洋の文化を受け継いだものであろう。
伝統はそのまま大切に保存し、内部には最新のデザインとシステムを採用しているところも合理的で新しい物好きのシンガポールらしい。各部屋のバスルームをデザインしたのがアサヒスーパードライホールで知られるフィリップ・スタルク。独立したシャワー・ブースは流線型を基調とした洗面台が優雅な雰囲気を醸し出している。
夜にライトアップされたフラトンホテルは、シンガポールの歴史をつぶさに眺めてきた建造物がもつ品格に溢れ、輝いていた。
稲葉 秀一
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