パリの聖地シテ島
1163年のフランス、パリでモーリス・ド・シュリー司教がキリスト教信仰の普及とフランス王権の威信を象徴する建造物を計画し、パリの語源であるケルト系パリシー(Parisii)族の祈りの場であった聖地シテ島に、キリスト教大聖堂の建設を着工した。その後180年もの歳月をかけて完成した大聖堂は、その後現在に至るまで中世ヨーロッパのゴシック建築を代表する最高傑作と賞賛されている。聖堂の正面に整然と並ぶ四角形の「双塔」がそびえ立ち、門の周りには聖書の一場面「最後の審判」を表す極めて精密な彫刻群が施されている。対峙する人を一瞬で魅了する、とびきり美しい建造物の名はノートルダム(Notre-Dame)。そう、我らが貴婦人なのである。


フランス・ゴシック建築の最高傑作
12世紀から14世紀にかけて建設され発展したノートルダム大聖堂建築と、前時代ロマネスク建築との違いは、高くそびえる建造物の垂直性と、石の重量を支える革新的な構造技術にある。
フライング・バットレス(飛び梁)という建物の外側から高い壁を支えるアーチ状の梁により、壁自体を薄くし、崩落を防ぎながら建物をより高く伸ばすことが実現した。天井の荷重を分散する骨組み(リブ)を施したアーチ状の天井と、上部が尖ったアーチを組み合わせ、垂直方向への高さを強調した構造技術の進歩によって、全時代の重く暗い石の要塞のような空間から、高さ約35メートルの天高く光が差し込む神秘的な大空間へと劇的な進化を遂げた。


革新技術の発見
2019年4月15日、ノートルダム大聖堂で大規模な火災が発生し世界中を震撼させた。火災後の本格化的調査により「中世の建築常識を根底から覆す、世界初の鉄による巨大建築補強技術」が明らかになった。建設当初から石を繋ぎ止める大きなホチキスのような鉄製金具が大規模に使用されていたことが判明し、世界初のこの革新技術が、建造物の高い構造を支える基礎となっていたことが確認された。

蘇った幻想的な空間
2019年の大規模火災から約5年半に及ぶ壮大な修復工事を経て、2024年12月に一般公開を再開し、かつてないほど美しく蘇った姿がお目見えした。長年の煤(すす)や汚れで黒ずんでいた石壁や絵画が徹底的に磨き直され、建設当初(12〜13世紀)のような明るいクリーム色の石肌が再現され、大聖堂内部全体が明るく洗練された印象へと蘇った。焼け落ちた尖塔(せんとう)の周囲を囲んでいた16体の銅像もすべて修復を終え、焼け落ちた巨大な屋根裏の木造骨組みにはフランス全土から集められた2,000本以上の樫(オーク)の巨木が使用された。そのノートルダム大聖堂修復への情熱は、地元パリの人々の誇りであり、世界中から訪れる人々を魅了し続けている。

