民衆の聖堂
パリのモンマルトルの丘に立つサクレクール寺院は、19世紀後半のフランスの動乱を背景に建立された。1870年の普仏戦争での敗北と、その後のパリ・コミューンによる混乱を受け、市民の士気を高め、「犯した罪への贖罪(つぐない)」を捧げるため建造された。サクレクールとは「聖なる心(イエス・キリストの聖心)」を意味し、国家の予算ではなく多くの市民の寄付(国民の義勇金)のみによって建造された。その寄付の集め方とは、寺院の建設に使われる「石」を1個単位で購入するという方法で、寄付の額に応じて自分の名前や、家族の名前を寺院の石に刻むことがで切るようにした。現在でも、寺院の壁や柱の至る所に、寄付した市民たちの名前やイニシャルが刻まれているのを見ることができる。今日では日本でも公共の施設などに見られる寄付のかたちだが、当時としては斬新な方法であった。一般の労働者や農民たちの40年にもわたる小さな積み重ねを経て、1914年に完成。政治的な対立や戦争の傷跡のなかで、数百万人の名もなき市民の信仰心とナショナリズムによって、まさに石を一つずつ積み上げるようにして建てられた「民衆の聖堂」であり、現在では平和と救済を象徴するパリの聖地となっている。

方解石の自浄作用
パリの街の灰色の歴史的建造物とは一線を画すサクレ・クール寺院の建造物の白さを持つ秘密は、セーヌ=エ=マルヌ県のスープ=シュル=ロワンで採掘された「シャトー=ランドン(Château-Landon)」と呼ばれるトラバーチン(石灰岩の一種)石材の化学的な性質にある。この石材は、雨に当たるとカルサイト(方解石)という白い物質を分泌する性質があり、雨が降るたびに石が洗われ、漂白されるため、雨にさらされるほど白く輝きを増していく、特殊な自浄作用(セルフクリーニング効果)にある。白亜のポーチ(玄関)の屋根の上には、フランスを象徴する騎馬像が見られる。左に聖王ルイ(ルイ9世)の像、右にジャンヌ・ダルクの像が寺院の「守護者」としての役割を果たしている。


サヴォワルドの鐘
サクレクール寺院は、ローマ・カトリックのバシリカ大聖堂で、ロマネスク・ビザンティン様式が採用されている。巨大な円頂閣(ドーム)は、ビザンティン様式の影響はを受けており、中央のドームよりパリの街を一望できる。寺院の裏手には高さ約84メートルの鐘楼が配置され、フランス東部サヴォワ地方の有名なパカール鋳造所(Paccard Foundry)で鋳造された、世界最大級の重量を誇る鐘「サヴォワルド」が収められている。その音は非常に力強く、天気の良い日にはパリ中に響き渡ると言われ、その重さと音の大きさから、現在では宗教的な祝祭日などの特別な機会にのみ鳴らされる。

光と色の装飾
建物内部は広々としたドーム構造になっており、光が差し込むことでモザイクや大理石が幻想的に輝く。主祭壇の天井を飾る世界最大級(約475㎡)のモザイク画は、青と金を基調とした両腕を広げる巨大なイエス・キリストの昇天画が配され、その荘厳さは観るものを異空間へと誘う。1944年のパリ解放時の空爆でオリジナルのステンドグラスは破壊されたが、戦後に修復された美しいステンドグラスの色彩がドームの内部を彩り、色と光の効果が神聖な祈りの場を演出している。パリの民衆の心が紡いだ聖なる心は、世界中から訪れる人たちを魅了し続けている。

